
(画像はレイダースのサイトとGene Upshaw・Wikiより)知りませんでした。
途切れ途切れに放送を観ているので選手の左胸についているGUの意味が何を指すのか疑問。
となれば、GUで調べるしかすべを知らず(笑)
やっとのことでそれが人名と判明。
知っている人にはどうってことのない情報ですが・・・
(画像はペイトリオッツのチアリーダー・・・おまけ)Gene Upshaw(ジーン・アップショー)
1987年、殿堂入り。
彼はオークランド・レイダースに在籍中に1977年・1976年・1975年・1974年・1973年・1972年・1968年、プロボウル選出(7回)
現役引退後は選手会のエクゼクティブ・ディレクターとして活躍。
へー (笑)

(画像はペイトリオッツのホームGillette Stadium、それとRB ローレンス・マロニー ・・グランドのGUが、選手達の左胸に付けたGUの文字が偉大な選手を偲ぶ・・)
文中色は当方にて。
レイダーズ・レジェンド、ジーン・アップショーが逝去
オークランド・レイダーズOBであり、ホール・オブ・フェイム・オフェンシブ・ガード、NFL選手会のエグゼクティブ・ディレクターとして活躍したジーン・アップショーが8/20に死亡した。アップショーは、レイダーズ一筋で15シーズンプレーし、NFLの歴史の中で唯一60年代、70年代、80年代とスーパー・ボウルに出場した選手である(スーパー・ボウルII、スーパー・ボウルXI、スーパー・ボウルXV)。アップショーは1987年8月8日にプロフットボール・ホール・オブ・フェイムに選出された。
「レイダーズ、NFL、世界にとって、偉大な人物を失ってしまった。プロフットボール選手、選手会のリーダーの両方で成功を収めることは他の誰とも比べることができない。アップショーは世間で認知されているように優秀なスポーツマンだった。今もこれからもレイダーズの伝説として語り継がれていくだろう。私たちはアップショーを愛していたし、アップショーも我々チームを愛していた。アップショーのご冥福を祈る。私たちの心は妻のテリーと息子達に向けられている。」-アル・デイビス
開幕前の悲劇、選手会のアップショー氏が死去
9月4日のニューヨーク・ジャイアンツ対ワシントン・レッドスキンズの開幕戦を前に、NFLに悲劇が訪れた。殿堂入りの名選手で、選手会のエグゼクティブ・ディレクターを務めるジーン・アップショー氏が20日、すい臓がんで死去した。63歳の若さだった。
選手会が21日に出した発表によると、アップショー氏は20日、カリフォルニア州の自宅で、妻と息子たちに見守られて息を引き取ったという。アップショー氏の死は、9月4日の開幕戦を前に同氏が労使交渉について簡単な報告を行うと、選手会が発表した2日後の出来事だった。この悲劇に、ロジャー・グッデル・コミッショナーは、アップショー氏について、「威厳と信念を持ってすべてのことを成し遂げた人物だ」との声明を発表。さらに、「フィールド内外で自身の地位を築いた稀有な人間。選手たちのためにいつも戦っていた」と、故人を偲んだ。
現役時代のアップショー氏は、オークランド/ロサンゼルス・レイダースひと筋で15シーズンプレー。その間に2度のスーパーボウル制覇、7度のプロボウル選出と輝かしい成績を残した。現役を退いてからは、1983年に選手会のエグゼクティブ・ディレクターに就任すると、87年にストライキを指揮。89年までには、選手たちはプランBと呼ばれる制限付きの移籍の自由を得た。このアップショー氏の尽力があって、NFLには93年にフリーエージェントとサラリーキャップが導入された。
それ以来、選手たちは富を得たので、NFLのオーナーたちは今年の6月、アップショー氏と前コミッショナーのポール・タグリアブー氏によって2年前に結ばれた労使交渉の見直しを決定していた。
アップショー氏の死去に対する悲しみの声
オークランド・レイダースで2度のスーパーボウル制覇、7度のプロボウル出場と現役時代は、NFLを代表する一流選手として活躍。引退後は選手会のエクゼクティブ・ディレクターとして、NFLの繁栄に大きく貢献してきたジーン・アップショー氏の死去は、リーグ内外に大きな衝撃を与えた。以下は、アップショー氏の死に対する追悼コメントの一部。
NFL選手会
「私たちは、リーダーであるジーン・アップショーの突然の予期せぬ死に衝撃を受け、深い悲しみに包まれている。テリー夫人と3人の息子さん、ユージーン、ジャスティン、ダニエルにはお悔やみを申し上げます。ジーンは、先週の日曜日に自分が病に犯されていることを知り、そして家族の側で息を引き取った」
アル・デイビィス(オークランド・レイダースのオーナー)
「レイダース、そしてNFLにとって、偉大な人物を失ってしまった。ジーン・アップショーのプロフットボール選手、選手会のリーダーとしての成功は、他に例を見ないものだ。彼は、みんなが知っているように優れたスポーツマン。彼はレイダースの伝説の一部であり、今後もそうあり続けるだろう。私たちは彼を愛しており、彼も私たちを愛していた。彼がいなくなって寂しいよ」
ポール・タグリアブー前コミッショナー
「NFLの歴史において、ジーンと同じような実績を残した選手は僅かしかいない。そして、彼は、引退後に(選手会のリーダーとして)もう1つの素晴らしいキャリアを送り、NFLがより競ったリーグとなる構造作りに大きく貢献してくれた」
アート・シェル(元レイダースの選手、ヘッドコーチ)とジャニス夫人
「ジーンは、主要スポーツの選手会における数少ないアフリカン・アメリカンのリーダーたちの先駆けだった。彼はオーナーたちと対等な交渉を行い、全ての選手たちにより良い環境を与えた。(現役時代)ジーンと一緒にプレイできたことは栄誉だ。彼は強さとリーダーシップを備えたチームの柱だった」
Sブライアン・ドーキンス(フィラデルフィア・イーグルス)
「選手会が始まってから今日の飛躍的な成長に到ったのは、ジーンの功績によるものだ。彼は多くの重要な事柄で選手会の立場を守ってくれた。彼のおかげで、今の選手たちは適切な報酬を得ることができている」
故アップショー氏に敬意、選手は記章をつけてプレイ
NFLの選手たちは今季、先月20日にすい臓がんで死去した選手会のリーダー、ジーン・アップショー氏に敬意を表し、ユニホームに記章をつけてプレイすることになった。リーグが現地1日に発表し、その記章には、アップショー氏のイニシャルである「GU」と現役時代につけていた背番号「63」が記されている。
記章は、各選手のユニホームの左胸部分に縫い付けられ、現地4日のシーズン開幕戦、ニューヨーク・ジャイアンツ対ワシントン・レッドスキンズの試合で披露される。このゲームには、アップショー氏の妻テリーさんと、3人のご子息たちがコイントスに参加することになっている。
アップショー氏は現役時代、ガードとしてオークランド・レイダースひと筋でプレイ。スーパーボウルを2度制覇し、プロボウルには7度の選出を受けた。1987年には、名誉の殿堂入りも果たした。引退後の83年からは、選手会のエグゼクティブディレクターとして25年間従事した。
ロジャー・グッデル・コミッショナーは、「ジーンほど、NFLに貢献した人物はいない。選手として、またリーダーとしてジーンほどのレベルに誰も到達していない。彼は永遠に、尊敬と感謝の念に値する人物だ」との声明を出した。
これでGUを観ても、つかえていたものが無くなり、同時にジーン・アップショーの偉大な功績も理解しました。
それとレイダース、肝に銘じて試合に臨んで欲しいものだと思いました。
心よりご冥福をお祈り致します。
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